平成から令和にかけて、「いじめ」に関するニュースを目にすることが多くなりました。
自分が入学する先で、あるいは転校する先でいじめがあるか不安になっている人もいるかも知れません。本当に痛ましい事件もあり、耳にするだけで気分が落ち込むこともあります。
そういった中、メディアを通して「いじめ件数過去最高」などの記事を目にしたことがある人もいると思います。
しかし、本当に「いじめ」は増え続けているのでしょうか?私達の学校はそんなに危ない場所になってしまったのでしょうか?
そこで今回は実際にデータを見ながら、この数字の裏側にある真実を見てみたいと思います。
目を引くタイトルや数字にばかり注目しないで、事実をしっかり見れるようにこの記事では学んでいこう!
いじめの件数をグラフから確認
まずは、データを見てみましょう。いじめの件数については、文部科学省が毎年「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果」として発表しています。
ここでは令和2年度間(令和3年10月発表)のデータをお見せします。
このように見ると、特に平成以降でいじめの認知件数が増えていることが分かります。グラフだけを見ると、確かに「いじめは増え続けている」と言いたくなりますね。
しかし、よく見てみると、いくつか違和感を感じる点があります。
例えば、H6、H18、H24年あたりです。ここでは前年に比べて急激に数値が増えているように感じます。
これは一体なぜでしょうか?
実は変わっていた「いじめ」の定義
実は、H6、H18、H25 のタイミングで、「いじめ」としてカウントする行動についての定義が変わっているのです。
過去から3回変わっている
実際にいじめの定義の変遷を見てみましょう。
【昭和61年度からの定義】
この調査において、「いじめ」とは、
「①自分より弱い者に対して一方的に、
②身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、
③相手が深刻な苦痛を感じているもの
であって、学校としてその事実(関係児童生徒、いじめの内容等)を確認しているもの。なお、起こった場所は学校の内外を問わないもの」とする。
【平成6年度からの定義】
この調査において、「いじめ」とは、
「①自分より弱い者に対して一方的に、
②身体的・心理的な攻撃を継続的に加え、
③相手が深刻な苦痛を感じているもの
なお、起こった場所は学校の内外を問わない。」とする。
なお、個々の行為がいじめに当たるか否かの判断を表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うこと。
【平成18年度からの定義】
本調査において、個々の行為が「いじめ」に当たるか否かの判断は、表面的・形式的に行うことなく、いじめられた児童生徒の立場に立って行うものとする。
「いじめ」とは、「当該児童生徒が、一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じているもの。」とする。 なお、起こった場所は学校の内外を問わない。
【平成25年度からの定義】
「いじめ」とは、「児童生徒に対して、当該児童生徒が在籍する学校に在籍している等当該児童生徒と一定の人的関係のある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものも含む。)であって、当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの。」とする。なお、起こった場所は学校の内外を問わない。
それぞれの違いをわかりやすく表で整理してみました。
年 | 前との違い |
昭和61年 | – |
平成6年 | 学校が確認しているか否かではなく、被害者の立場で判断する |
平成18年 | 弱いものから一方的にではなく、一定の人間関係があれば成立する。また「深刻な」という言葉も削除 |
平成25年 | 時代の流れに合わせ、インターネットに関しても明記 |
このように徐々にいじめに対する定義が広がっていることが分かります。もし数値を比べたいなら、原則として定義が同じもの同士で比べないといけません。
したがって定義が変わる前と後の年代は単純に増加した、減少したという比較が出来ないことが分かります。
「定義とはなにか」や「比較するときの注意点」に関しては、既に別記事で紹介しているので、よければそちらもご覧ください。
こうやって見ると、いじめの数が急激に増えたように見えるのは定義がゆるくなったというところが大きそうだね。けれど、それだけでもなさそうなところもあるね
他にもある「いじめ」の認知が増えた理由
定義の違いにより、いじめの対象範囲が拡大し、そのことがいじめとしてカウントされる件数の増加を招いたであろうことが分かりました。しかし、定義の違いだけでは説明できないこともあります。
例えば、H24年を見てみましょう。この年には、特に言葉の定義に変更があったわけでもないのに、いじめの認知件数が急増しているのが分かります。
では、H24年はどうしてこんなに増えているのでしょうか。
いじめに対する認知が増えた事件
平成24年は、西暦で表すと2012年のことです。この前の年に何か大きな出来事はなかったでしょうか。
実はありました。それは、2011年10月に起こった大津市中2いじめ自殺事件です。
これは学校側が「いじめはなかった」と隠蔽し続けたことから大きな社会問題へと発展しました。このことがいじめを調査する「問題行動等調査」に影響を与えたと考えられます。
その他に大きな変化は見つけられませんでしたから、世間的にいじめが大きな問題となり、認知されたことで、各学校がさらなる調査に前向きになったと考えるのが自然でしょう。
だからといって、極論に流れないこと
見てきたように、いじめの数の増加については、定義の変化やいじめ問題への認知向上が一定の要因になったことが分かると思います。
けれど、だからといって「全て嘘だ!」と逆に決めつけるのも、また正しくありません。
「いじめがある」という現実は変わらない
確かに数字上では、定義の違いがいじめとして認知される数を増やしていることが分かりましたが、ここだけを切り取ってしまうのも、また間違いです。
よくこういう話をすると、「ほら、いじめは実は昔からあっただけで、最近メディアが大げさに捉えているだけなんだ。今の子は根性が足りない」などと極端なことを言う人もいます。
けれど、それも全く正確ではありません。
なぜなら、いじめの被害者がいることはれっきとした事実だからです。数字のからくりに騙されてはいけませんが、だからといって「いじめ」があるという事実は変わりません。
そこに対して、今の子が弱すぎるなどという意見は、事実無根としか言いようが無いでしょう。
考え方によっては「それでも良くなっている」
また、確かに数字上伸びているというのは、定義の違いが大きいことは事実かもしれませんが、他の見方もできます。
それは「昔でも苦しんでいる人が多くいて、最近になってその数をより広く把握できるようになった」ということです。
いじめという悪質な行為を検知できる数と範囲が広がったとも取れるわけです。
なので、いじめ自体の数は昔と変わっていないかも知れませんが、そのいじめに気付くことができるようになったという意味では、昔よりも良くなっているとも言えます。
騙しているのは国か、メディアか、私達自身か
他にも「国はこうやって数字を作り上げて、僕らを騙そうとしているんだ」という意見もよく見かけます。
しかし、実は国自体はそもそも「この数字だけで、短絡的にいじめが増えたとか減ったとかを議論しないでね」と言っているのです。
平成27年8月17日に文部科学省から送られた「「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」の一部見直しについて(依頼)」という各都道府県の教育委員会や私立学校に送った通知を見てみましょう。
また、「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」(以下「問題行動等調査」という。)における児童生徒1,000人当たりのいじめの認知件数については、都道府県間の差が極めて大きい状況でありますが(別添1のとおり、平成25年度分調査では最大で約83倍の差となっている。)、実態を正確に反映しているとは考え難く、問題行動等調査が国の施策を考える上で極めて重要な指標であることを踏まえると、看過し得ない課題となっています。
平成26年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」の一部見直しについて(依頼)
また「件数が多い = 悪くなっている」と考えているか、ということに関しても「それは違う」と述べています。
各学校においては、発生しているいじめを漏れなく認知した上で、その解消に向けて取り組むことが重要である。そのため、文部科学省としては、いじめの認知件数が多い学校について、「いじめを初期段階のものも含めて積極的に認知し、その解消に向けた取組のスタートラインに立っている」と極めて肯定的に評価する。
平成26年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」の一部見直しについて(依頼)
このように「数字の捉え方には注意して欲しい」と文部科学省は伝えています。
先程の発言に大して答えるならば、どちらかというと「国というより一部しか報道しないメディアに騙されている」という方が正確でしょう。
あるいは国でもメディアでもなく、タイトルだけで判断する私達に問題があるのかも知れません。
定義や認知度の向上だけでは説明が難しいところも
また、H27~R1 の間には「いじめ」の定義変更はなかったはずですが、それでも年々伸び続けています。
この伸びに対して、いじめに対する認知度の向上や関心の高まりという要因だけで説明できるかどうかはわかりません。
このように、実態を正確に把握することは非常に大変です。けれども今回紹介したような姿勢や視点を持つことで、目にする数字やニュースに対する意識は、どんどん変わっていくでしょう。
身近な例だと「一日分の野菜 350g」「年間売上 No.1!」「ポイント還元でお得!」とか、僕たちの身の回りには数字があふれているよね。だからこそ「この数字はどうやって出てきたものなんだろう?」っていう疑問を持てるようになった方がいいと思うよ
まとめ:目立つ数字に惑わされないように
以上見てきましたが、いかがでしたでしょうか?
日々目にするニュースや広告で、数字はたくさん使われています。だからこそ、その数字の出し方や受け取り方には注意しましょう。
都合のいい数字に惑わされること無く、しっかりと自分の判断で動けるようにしたいですね。
受験生であれば、偏差値や合格倍率、大学の就職内定率などは気になるところだよね。そういった数字はどうやって出しているのか考えてみるところから始めてみよう!